臨済宗とは

禅とは、お釈迦様が深い瞑想のもとに悟った【無我の境地】を、坐禅や日常生活を通して体験し、自覚することです。『こだわらず』『とらわれず』、迷いも欲望も苦悩もない、自然と同化した絶対的境地。それが本来、人間がもつ清浄な仏心そのものなのです。

日本の禅宗には、三つの宗旨【臨済宗・曹洞宗・黄檗宗】があり、臨済宗はその中のひとつです。

臨済宗の教えを『臨済禅』と呼びます。坐禅を宗旨の中心としており、師匠から与えられた問題【公案】(こうあん)について工夫し、坐禅により身体で会得した見解(みかた)を提示し、点検してもらいます。これをいわゆる禅問答『入室参禅』(にっしつさんぜん)といい、このような坐禅修行を中心とする教えが臨済宗の教えなのです。

禅宗の始祖

向獄寺蔵、国宝「向獄寺達磨図」

向獄寺蔵、国宝「向獄寺達磨図」

禅宗は、お釈迦様より二十八代目の弟子にあたる菩提達磨(ぼだいだるま)によってインドから中国に伝えられた実践的な教えです。

達磨さんが中国嵩山少林寺にて坐禅の最中、後に弟子となる神光という青年が尋ねてきて教えを請うが、達磨さんは無言でした。

神光は雪の中を一晩中立ち続け、夜明けを迎えました。その姿に達磨さんは初めて口を開き、仏の妙法を悟ることの難しさを伝えました。

すると神光は自分の左肘を切り落として熱意を示し「私の心に安らぎを与えてください」と懇願しました。

達磨さんは「よし、お前の心をもってこい。安らかにしてやろう」と言うと神光は身悶えし「心を求めましたが、どうしても得られません。」と絶叫しました。するとその時、達磨さんが断言しました。

「汝の心を安んじおわんぬ。」

この一言によって、神光は心の闇を切り開き、悟りを開いたと言われております。

このように、達磨さんの教えは文字や知識ではなく、常に宗教的体験を基にした実践的なものなのです。

達磨の四聖句

お釈迦様の教えを集大成した経典のほかに別の教えがあるわけではない。経典の心、すなわちお釈迦様の悟りの境地を日常の修行の中から直に掴むのである。
お釈迦様の悟りの境地は言葉や文字では伝えきることは出来ない。言葉や文字の限界を知り、まず自ら体験することだ。
徹底して自己の内奥を見つめつくし、
「人間の心は本来清浄なもの」というお釈迦様の悟りを自分のものとし、何ものにも動かされない本来の自己を発見しなければならない。
本来そなえている仏性を自覚すれば、自ずと仏になれるのである。